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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)3680号 判決

原告 金元裕

被告 森崎成一 外一名

主文

被告両名は原告に対し連帯して金七万円及びこれに対する昭和二八年一〇月一七日より右金員完済に至る迄年五分の割合による遅延損害金を支払え。

原告の其余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告らの連帯負担とし、その余を原告の負担とする。

此の判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

昭和二七年九月一二日午后三時頃被告森崎の運転するトラツクが大阪市生野区猪飼野東二丁目所在大阪市営バス今里新地西口停留所附近路上(以下本件現場という)で原告の乗用せる自転車に衝突して原告を転倒せしめよつて原告主張の如き傷害を与えたことは当事者間に争いがない。又被告森崎は本件事故当時被告会社に雇傭せられトラツク運転手として被告会社所有の自動車の運転の職務に従事していたこと、本件事故は右職務中の行為によるものであることについては被告らの明らかに争わないところであるから、該事実は自白したものと看做される。

一、而して被告森崎の右行為がその過失によるものであるか否かにつき按ずるに、文書の方式、趣旨により公務員が真正に作成したものと推定される甲第二乃至九号証(但し同第五、八号証の各一部)に原告本人の供述(一部)を綜合すると次の事実を認めることができる。即ち、右事故が発生した通称産業道路は東大阪を南北に貫通する枢要な産業道路で、路面電車はないが歩道と車道の区別があり現場附近は車道の東側約半分(約一五米)はコンクリートで舖装され、西側半分(約一二米)は非舖装となつている。事故発生の場所は今里新地に向う東西の道路と右産業道路の交叉点附近右舖装道路上であつて、右産業道路は諸車の通行はげしく、殊に片側舖装のためその東側の交通量は相当ひんぱんであつた。本件事故当日原告は所用の為自転車に乗り本件現場のやゝ北を南進しつつある市バスに後続して南進していたところ、右市バスが現場の十字路のすぐ手前道路の左側に立止つていた荷馬車をさけるため一旦停車して警笛を吹鳴したが荷馬車が動かなかつたため右にハンドルを切つて徐行し荷馬車の右側道路中央寄りに出て右荷馬車をさけて進行した。原告は市バスが右のとおり一旦右停車したさい直ぐその後方で同じく立止つたがバスが荷馬車をさけて動き出したためこれに続いて自転車を進めた。一方被告森崎はその頃会社の用務でトラツクを運転し現場のやや南を時速三〇キロメートルの速力で右舖装部分左側を南より北進中右トラツクの前方を走つていたタクシーが客をひろうため速度を減じたのでこれを追越すべく道路中央よりに出たところ、少し前方に舖装亀裂部分(直経約二・八米)を発見したのでこれをさけるため速度を約二〇キロメートルに減じ道路(車道中央より右側、舖装部分の東端より約五・二米迄)右寄りにハンドルを切つて進んだが、その時前方右側に前記状態で南に向つて徐行しつつある市バスを発見したので自己の進路を左側(道路中央側)に転じつゝ右亀裂部分の右側をすぎたがその時右市バスが大きくその(進行方向に向つて)右に(舖装の東側より中央側に)廻転して停車中の右荷馬車を追いこして更にその前を東に前記交叉点附近(十字路上)で同上左折し路上を東南方向(交叉点の東南側に存する停留所に向け)に走り去ろうとしたので被告森崎は右市バスの西側をすれ違いながら漫然北進をつづけた。ところが市バスに後続していた原告の自転車がバスの方向転換に伴い突然道路上にあらわれるに及び漸くこれを発見し急停車の措置をとつたが時すでにおそく原告の乗用せる自転車に自己の運転するトラツクを接触し、これを転倒せしめるに至り、これがため原告に対し原告主張の如き傷害を与えるに至つた。以上認定に反する原告本人の供述及び前記甲第五、八号証の記載部分は措信できず他にこれを覆えすに足る証拠は存しない。而して被告森崎は自動車運転者として、道路中央部に亀裂部分を発見し、これを避けるためには、道路左寄りにハンドルを切るか徐行してそのまま通過すべく、道路右側に出ることは避けるべきであり、又常に前方を注視し、殊に右認定の如き状況において前方より進行してくる市バスの如き巨体の自動車を発見しこれとすれ違う時は警笛を吹鳴し、且つ万一前方自動車に後続する車馬がその後方より自己の運転する自動車の前方に飛出してきても何時にても急停車をなしうるよう減速しつつ進行し事故を未然に防止すべき注意義務があるに拘らず漫然これを運転して右注意義務を怠つた過失により本件事故を惹起したものと認められる。

従つて以上認定の事実から被告森崎は直接の不法行為者として被告会社は右森崎の使用主として原告の蒙つた損害につきこれを賠償すべき義務あるものというべきである。

二、そこで以下に原告の請求する損害金の当否について判断する

(一)  先つ請求原因第三項(一)の損害につき按ずるに、証人富永晃司、同森本博、同文順宝、及び原告本人の各供述を綜合すると次の事実が認められる。即ち、原告は昭和二七年八月末に訴外福井商店より学生服二八〇〇着の仕立の注文を受けたが、原告は裁断其他の重要な仕事に携り工員六名は原告の指揮監督のもとに仕立作業に従事していたところ、前記事故による負傷のため原告は眼を痛め不自由となり右重要な仕事も、工員に対する監督も不可能となつたためその翌日すなわち同年九月一三日より一八日に至る迄の六日間休業し工員も休業せしめるの止むなきに至つた。しかも作業を再開した場合にそなえて工員を確保しておくためには工員に対するその間の給料を支払う必要があつたので原告はその主張の通り総額金一三、五〇〇円の支出を要した。以上の各事実が認められこれを覆えすに足る証拠は存しない。

而して右金員は本件不法行為により原告が蒙つた損害であると解するを相当とする。

(二)  次に同(二)の損害について按ずるに、証人森本博、同富永晃司及び原告本人の各供述を綜合すると、原告主張のとおりの事情で学生服一三九着の仕立をやり直し、原告がこれがためその主張のとおり、合計金三二、三四〇円の出費を要するに至つたことが認められる。

(三)  最後に請求原因第三項(三)の損害につき按ずるに、証人富永晃司(一部)、同文順宝、原告本人の各供述並びに弁論の全趣旨を綜合すると、原告は本件事故により傷害を受け視力、記憶力が減退したこと、その回復のために約二ヶ月の加療を要したこと、従つてその間充分働くことができず前記学生服の仕立作業が遅れ勝となつたこと、又工員に対する監督が不充分であつたため不良品が出たこと等によつて注文主たる訴外福井商店は学生服が時期ものであるため約定の同年一二月二五日頃迄に完納を受けることが不可能になる危険性があつたため遂に未納入の分二、四九八着の仕立の注文を取消したこと、原告は右により年内は仕事がなく無為に過さざるを得なかつたこと、これがため原告は予定されていた収益すなわち一着について三〇円の純益金、右二、四九八着分で合計金七四、九四〇円の利益を失つたことが各認められる。右認定に反する証人富永晃司の供述部分は措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

そして右損害のうち(二)(三)は原告が洋服加工業を営み、当時訴外福井商店と原告主張のような受註契約を締結していたことに基く特別の事情に基く損害ということができるが被害者が何らかの職業をもつものであること、そしてそれが洋服加工業者ならばさような受註をうけていることは当然予見さるべきところであるから被告森崎の過失ある運行により生じた負傷に基因して原告が前記損害をうけた以上特別の事情のない限り被告らにおいてこれを賠償すべき義務あるものといわねばならぬ。

三  ところで前記一及び二の(二)認定の資料としてあげた各証拠を綜合すると原告においても本件事故発生当時見通しのきかない市バスの後に接近追従していたこと、二の(二)の仕立直しについても、当時未だ自己の負傷全治に至らず十分工員を監督出来ないのに、無理をして仕事を再開し、能力なき工員(職人)に仕事をさせたこと等の事実が認められるのであつて、これらは民法第七二二条にいわゆる「被害者の過失」に該当するから各これを斟酌し被告らが原告に対し賠償すべき損害額は前項二の(一)乃至三を通じ合計金七万円を以て相当と認める。

右認定のとおりであるから被告らは原告に対し金七万円及びこれに対する被告らに訴状送達の以後であること記録上明かな昭和二八年一〇月一七日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務あること明かである。よつて原告の請求は右限度において正当として認容しその余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条第九二条第九三条仮執行の宣言につき、同法第一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 増田幸次郎)

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